「愛人」から「正妻」へ――。夏目智依、変化の時【麻雀ウォッチ シンデレラリーグ 第2節予選Bブロック1卓】
夏目智依は、プロデビューを飾った直後から「麻雀スリアロチャンネル」で頻繁にメディア露出を経験していた。どこかアンニュイな雰囲気も相まってたちまち人気を博し、打ち手としてだけでなく実況としても活躍していた。そんな彼女から、2年ほど前に連絡をもらったことがある。
「メディア露出を控えたいと思っているんです」
理由は2つ。所属するRMUの公式対局に専念することと、勤務先の麻雀店で本腰を入れて働こうと決意したからだった。
「メディアに出ていた時は『応援しています』みたいなことを言ってくださる方も、チラホラいたんです。露出しなくなると離れていく人はいましたけど、そういう中でも応援してくれる人がいるんですよね。お店に来てくれる人もいて、ツイッターにコメントをくれる人もいる。昔より、ファンの方に対するありがたみは増しました」
決断の甲斐もあって、麻雀店での業務は順風満帆だという。だが、そんな夏目にも心残りがあった。
「たまに1回目のシンデレラリーグが再放送されているんですよ。で、それを見た人から『出ていたんだ』とか『負けてたねー』みたいな感想を、いただくことがありまして(笑)。だから、今度は『勝ってたねー』って言われるようになりたいんです」
2017年に開催された第1回の「麻雀ウォッチ シンデレラリーグ」。予選16半荘で夏目がトップを飾ったのは、わずか1回のみ。20名中19位という結果で、無念の脱落となった。あれから1年半、雪辱に燃える思いを秘めて挑む2度目のシンデレラリーグを前に、夏目からこんなリクエストをもらった。
「同じ山形出身の橋本マナミさんっぽいキャッチフレーズをつけてくれませんか?」
「国民の愛人」こと女優・橋本マナミになぞらえて、夏目に「雀神の愛人」というキャッチフレーズをつけて要望に応えてみた。門前守備型で、大勝ちはしないけれど大崩れもしない。そんな雀風にマッチしたこともあって、本人はいたくこれを気に入ってくれた。
迎えた第1節、夏目は2着2回、3着1回、ラス1回という成績にまとめた。たしかに大崩れはしていない。だが、シンデレラリーグは順位ウマ10-20に加えて、オカもある。トップが非常に偉いシステムであり、第1節終了時点ではブロック順位6位となる▲48.6pという結果だった。準決勝に進むためには、最低でもプレーオフ出場の可能性がある5位以内に食いこまねばならない。主役を際立たせるカスミソウのような「愛人キャラ」も、この第2節では返上することになるかもしれない。そんな予感を抱いていた。
同卓者はブロック8位の木村(▲89.1p)、5位の中山(▲23.8p)、3位の松田(+22.3p)。上位陣との直接対決はなかったが、予選最終節である次節のために、少しでも負債を返上したいところだ。
1回戦、それは南場の夏目の親で起きた。
・赤1、2900は3200を松田からアガり、供託2本もゲット。
続く2本場ではリーチ・ピンフ、松田を高めのドラで打ち取った。
3本場ではのみ、1500は2400をトップ目の中山から直撃。点差を4800点縮めると――
ヤミテンに構えた。一見するとソーズの場況が良く、5800から12000点へと打点が跳ね上がるピンフ・ドラ2ならば、アガリ連荘といえどリーチを選択する打ち手も多いと思う。だが、夏目はそれらを全て踏まえた上で、ヤミテンの選択を下した。
「あれが2本場とかだったら、リーチをしました。でも4本場で7000となると、7700とほぼ変わらない価値がある。アガればトップ目に立てるし、百合子からの直撃も十分に期待できる。だからダマりました」
さらに5本場では、わずか5巡でチートイツ・赤1のテンパイ。場に1枚切れている単騎でリーチをかけるかと思いきや――
ここでもヤミテンを選択。
4800は6300を加点。にしてもにしても、リーチをかけていたら松田が字牌のトイツ落としをして、流局になっていたかもしれない。自らを「愛人キャラ」と自嘲気味に語る、夏目らしい一打だと感じた。
1回戦は親番での判断が功を奏し、夏目がトップ。うれしい今大会初トップを早くも手にした。続く2回戦も、夏目は自分のペースを崩さない。
1シャンテンの木村からがこぼれた。裏ドラは乗らなかったが5800の出アガリ。
松田の1400-2700のアガリを挟んで迎えた東2局では赤1のリーチ。とのシャンポン待ちで――
裏ドラは乗らなかったが、5200のアガリでトップ目に立った。
さらに全員が2万点台で迎えた南2局3本場。供託が4本あり、アガリの価値が非常に高い局面だ。カンをチーしてタンヤオコースへ。
さらにをポンして、タンヤオ・赤1のとのシャンポン待ちテンパイを取る。
2000は2900に供託4本をプラス、しめて6900点の大きな収入を得た。
このリードを守り、夏目は1回戦に続いて2回戦でもトップに。連勝という最高の結果を見せた。
この2半荘を通じて、夏目は決して派手なアガリを決めてはいない。リーチをしても裏ドラが乗らず、なんならこの日はついぞ裏ドラに恵まれることはなかった。冒頭で愛人キャラ返上なるかなどと謳ったが、夏目は焦るわけでもなく、いつものスタイルで快勝をさらっていった。
そんな夏目に変化の兆しが見えたのは、3回戦のことだった。
東2局、親の中山がリーチ・赤・ドラ、カン待ちのリーチをかける。自分の目からが2枚、 が3枚見えており、好形変化は見込みにくい。だが打点十分とあれば、ここはリーチの一手だろう。
この放銃が、裏ドラも乗って12000点の失点に。だが、カンでチーしており、タンヤオ・赤・ドラ2の1シャンテンだ。安全牌は現物ののみとあれば、ドラそばだろうがツモ切りは妥当な選択だと思う。ただ、なんとなくのイメージではあるのだが、以前の夏目ならばを選択していたようにも思う。も放銃すると打点は高いが、 という切り順を考えると 待ちの可能性は減り、通りやすそうにも思える。そうやって放銃を回避して、ラス落ちしないように専念するのが夏目の雀風だと思い込んでいた。
3回戦は、前年度王者の中山が本領を発揮。先ほどの放銃が響いた夏目は、この日はじめて連対を逃した。だが、個人的には夏目に良い兆候が現われているように感じた。童話「シンデレラ」は、王子がヒロインと結ばれるまでの物語だ。「愛人」ではなく「正妻」に――。勝負所で斬り込む覚悟を、夏目から強烈に感じた場面だった。
そしてこの日の最終4回戦、夏目のそんな思いが結実する。
東2局1本場、中山が純チャン・三色・ドラ2確定のリーチが入る。ツモれば倍満確定の超勝負手だ。
同巡、テンパイを入れた夏目は無筋のを押して、とのシャンポンに構えた。
この難局で、夏目は木村からを討ち取って勝ち名乗りを上げた。木村には通っていない、両者に通っていないを切っての勝負。・赤・ドラ、7700は8000のアガリに加え供託3本の収入。このリードを最後まで守り抜いて3勝目を飾ってみせた。
中山がチャンタやチートイツなど変則気味の河ではあるが、木村と松田が3巡目にを捨てている。中山のリーチにを切った時から待ちに狙いを定め、夏目の思惑通りの結果となったというわけだ。シンデレラという「正妻」の座は、どこかで戦わねば勝ち取ることはできない。
この日、夏目は109.0pの大量加点に成功してみせた。
ブロック内順位も、2位の水谷葵とわずか0.8p差の2位にまで昇りつめた。プレーオフを挟まず、ストレートで準決勝へ進む可能性までをも現実的なものとした。
全ての対局を終えた夏目に声をかけると、屈託のない笑顔でこんなことを語っていた。
「いつまでも愛人とは言わせないですよ!」
愛人キャラがいいとリクエストしてきたのは自分なのに……。なんだか理不尽だなぁなどと思いつつも、満足そうな夏目を見ていると、まぁいいかと思えてしまうのだった。
文:新井等(スリアロ九号機)
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