打ち切りなんかじゃない! 篠原冴美のドラマは続く【麻雀ウォッチ シンデレラリーグ 第3節予選Aブロック2卓】
声が震え、うつむき気味になり、その目にはうっすらと涙がにじんでいた。
「麻雀ウォッチ シンデレラリーグ予選第3節Aブロック2卓」。準決勝、そしてプレーオフ進出をかけたAブロック最後の戦いを前に、篠原冴美は極度の緊張状態にあった。
「私、本当にメンタルが弱いんです。昔、アイドルグループの活動をやっていたんですけど、その時はどんなに大きなライブでも収録でも、みんなで助け合えたんですね。麻雀は4人で打つけど、ミスったら自分の責任。そういう世界の修羅場、最終節という時に、当たり前だけど『一人だなぁ』って思った時のプレッシャーは、想像以上でした」
かつてアイドルユニット「恵比寿マスカッツ」の一員として活躍していた篠原。ミスヤングチャンピオングランプリに輝き、DVDも多数販売。人気グラビアアイドルでありながら「強い人と麻雀を打ちたい」という一心で、3年前に競技麻雀の門を叩いた。だがタレント活動に時間を割かれ、出場を望んでいたリーグ戦に挑む機会も作れなかった。放送対局の経験は決して少なくない。会うたびに明確に上達しているのが理解できるほど、麻雀の勉強にも注力した。その熱意、将来性を高く評価されてシンデレラリーグ進出を果たした篠原だが、プロ同士の真剣勝負に挑んだ経験値だけが、圧倒的に不足していた。
「ファンの方の中には、麻雀はドラマのようなものだと考えている人もたくさんいると思うんですよ。麻雀には、感動的なドラマがいろいろなところにある。でも、そのドラマを私が最終話に行くまでに打ち切りにしてしまうかもしれない。当然、今は点数計算はできますけど、緊張しすぎて条件を間違えてアガってしまうかもしれない。うっかりチョンボをしてしまうかもしれない。素敵なドラマを壊したくないけど、自分の麻雀をしっかり見せて、できれば感動してもらいたい。そんないろいろな感情が、ぐわーっと沸き上がってきちゃいました」
無理もないと思う。
この日の同卓者は7位の吉田葵、6位の鶴海ひかる、2位の柚花ゆうり。柚花は大きく抜けている状況で、ほぼ確実に4位の篠原が狙い撃ちされる状況だ。麻雀プロとしての今後を占うであろうこの局面で、重圧を感じるなという方が難しい。それに篠原の涙は、それだけ彼女が麻雀にかけている証だとも言える。人は、本気で取り組んでいないもので涙は流せない。
1回戦東2局1本場、親番の篠原にチャンスが巡ってくる。をカンして――
裏も1枚乗せて9600は9900のアガリ。快調な滑り出しを見せた。
だが、この半荘の主役は彼女ではなかった。
このリーチに対してをトイツ落としして受けに回っていた柚花が、タンヤオ・三色・ドラ1・赤3のテンパイを果たす。悠々自適にヤミテンに構え――
あっさりとをツモ。強烈すぎる4100-8100のアガリをものにした。
柚花がトップ目に立って迎えた南1局1本場、
わずか4巡で、吉田が一気通貫・ドラ2のヤミテンを入れると――
そこに篠原が飛び込んでしまう。たった2局で2着順のダウンという厳しい展開だ。
さらに、ここから怒涛の展開が押し寄せる。
2本場にはとのシャンポン待ちからペンへと待ち変えした直後に、鶴海から7700は8300をアガる好判断も見せた。
そして3本場には・・ホンイツの4300オールをアガり、70000点オーバーの大台に乗った。
柚花以外の3名は、もはや2着狙いしか選ぶ道がない。この争いを制したのは――
鶴海だった。リーチ・ピンフ・三色・赤3・裏1の16000点を吉田から強奪。切りのヤミテンからを引いての切りリーチ。現在6位の鶴海にとっては、4位の篠原だけではなく5位の高橋樹里のポイントも上回る必要がある。山越しでの直撃狙いで篠原にラスを押しつけるヤミテン選択もありそうだが、高橋とのポイント差を考慮するとリーチの方が得なパターンが多そうだ。見事に最高打点へと仕上げた鶴海の判断が光る展開で、1回戦は終了した。
途中までトップ目にいながら、あまりに激しすぎる展開で3着に終わった篠原。さぞかし落ち込んでいるだろうと思っていたが、対局後の彼女は思いのほかリラックスしていたように見えた。
「追うしかない立場になると開き直れるんですよ。『守らなきゃいけない』という局面に慣れていないですけど、前に出ることには慣れているので」
開き直りの2回戦。麻雀はメンタルのゲームだと言う人がいる。たしかにフラットな心境でなければ、誤打の可能性は増えていくだろう。だが、それだけでは勝てないのも、また麻雀だ。
東3局、柚花が 待ちのリーチをかける。
このリーチに対して、親の鶴海がドラのをノータイムでプッシュ! チートイツ・ドラ2の待ちに構えた。たしかに拾えそうなではあるが、もしで放銃しようものなら大打撃なのは間違いない。尋常ならざる肝の太さを見せたかと思えば――
柚花の当たり牌である待ちでリーチを敢行! は柚花のリーチに対して裏スジである上に、鶴海のスジ牌だ。吉田がを2枚切っており、降り気味の篠原が何枚抱えているかは不明だが、十分に山に眠っていそうな牌だ。そして――
鶴海が狙いすましたツモ! 道中、柚花が暗カンしてが新ドラとなっており、会心の8000オールを成就させた。
思い返せば、自らメンタル面の弱さを吐露していた篠原に対し、鶴海は番組冒頭から強気な言動が目立った。
実況の安達瑠理華に6位スタートという状況を問われ、鶴海は次のように答えた。
「去年のシンデレラリーグの時は最終節で▲2ooポイントくらいだったんですけど、その時に比べれば気持ちは晴れやか。ハッピーです」
強がりと捉えられてもおかしくはない。だが鶴海は有言実行とばかりにファイティングポーズを取り続け、このアガリを成就させてみせたのだ。1回戦オーラス、そしてこのアガリと、いずれも倍満になっていないプレイヤーの方が多いのではないだろうか。
この2回戦、主役はその鶴海だった。
東3局1本場にリーチ・ツモ・ドラ1・裏2の4100オールをアガリ、この半荘のトップを盤石のものとする。こうして、またしても2着争いが熾烈化する。
南2局2本場、誰もが一歩抜け出したいと思う局面で、柚花にピンズのチンイツ濃厚のチャンス手が巡ってきた。牌を引く順番次第では九連宝燈の可能性だってある。
柚花がテンパイに要したのは、たった7巡だった。チンイツ・イーペーコーの 待ち。ピンズは1枚も余っていない。
篠原はドラ2の1シャンテンでをつかみ、当然リリース。
2回戦を終えて、結果は上記の通り。柚花は準決勝進出が濃厚で、鶴海はブロック内4位どころか、ブロック3位の涼宮麻由を射程圏に捉え始める。ここまで2戦とも逆連対の篠原と吉田は、かなり追い込まれる展開となった。
「オープニングの鶴海さんの発言は、すごく勉強になりました。あの時点でポイントは私の方が多かったのに、鶴海さんがすごくカッコよかった。対局中の判断も含めて、私もああなりたいと思えました。たとえマイナス100ポイントあっても、気持ちでは負けないようになりたい」
ライバルである鶴海の立ち居振る舞いと躍進について、篠原は手放しで称賛した。この素直な姿勢は、篠原にとって大きな武器だ。ほんの4時間ほど前に震えていた彼女は、もういない。誇張を抜きにして、この短時間でここまで明確な成長を感じさせる選手など、そうはいないと思う。
成長の、そして試練の3回戦。篠原に課せられたミッションは、この半荘と最終4回戦でトップを獲ることだ。
篠原が起家となった東1局、終盤でピンフ・赤・ドラのテンパイが入る。残りの巡目、そしてアガリ連荘というルールを踏まえると、ヤミテン判断の方が良さそうだ。
この判断が功を奏し、吉田から5800点をアガった。それにしても、この日の吉田はあまりにも当たり牌をつかみすぎた。彼女もまた苦しい。
続く1本場、篠原がピンフの先制リーチ!
今度は鶴海から2900は3200をアガり、目標へ向けて順調に加点していく。積み重ねたリードを守り抜き、トップ目のままオーラスを迎えた。
だが、やはり易々と終わらせてはくれない。ラス親の柚花が、ここから切りを選択し、 待ちのリーチをかける。
その直後、篠原がテンパイを果たす。アガればトップでこの局を終えられるが、親リーチの一発目に2スジを押すこととなるは、あまりに危険すぎる。実際、これは柚花の当たり牌だ。
加えて、下家の吉田がドラのをポンしている点も悩ましい。字牌のツモ切りを続けているためテンパイしている可能性は低そうではあるが、もしも彼女にアガられたら2着でこの半荘が終わってしまうこととなる。柚花のリーチに安全なやを切った時、吉田に鳴かれたり放銃してしまう可能性もあるのではないか? そして、自身の はフリテンだ。だが、それでもツモってしまえば条件は満たされる。押す理由と退く理由が交互に浮かび、篠原を悩ませる。長く深い思考の海にもぐり――
篠原はを河に置いた。リーチ・一発・赤の7700は8000のアガリ。篠原はこれで3着目となったが、吉田にアガられて2着終了という最悪のシナリオは避けたとも言えた。
「もしかしたら、を切ったのはミスかもしれません。でも、吉田さんにアガられてしまうよりは可能性があると思い、を切りました。前は、なんでその牌を切ったのか理由を説明できないこともあったんですけど、今は自分なりに一打一打にきちんと理由をつけられるようになりました」
意志のある一打で、篠原は可能性を繋いだ。
繋いだその先に、篠原はたしかに逆転をかけたリーチを入れた。だが――
それでも報われるとは限らない。このリーチが流局に終わった瞬間、篠原のシンデレラリーグは実質終わりを迎えた――。
もちろん、可能性が完全に潰えたわけではない。だが、4位以内に入る条件は、鶴海と11万点差のトップラスになるという、あまりに現実離れしたものだった。
各ブロックの5位の選手の中で、最もポイントを持っていればプレーオフへ進出することはできる。だが、これも現時点ではスコアが拮抗しているBブロックの5位の選手に権利が与えられる可能性が高い。奇跡は、簡単には起こらない。誰よりも篠原自身がそれを理解していたはずだ。
この苦難に直面して、篠原はさぞかし悲しんだと思う。だが、苦しんだのかと問われたら、それには強く異を唱えたい。
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「私が中学1年の時にお父さんが亡くなって、それからお母さんや弟とまともに会ったり話したりする機会が極端になくなったんです。私が18歳の頃には家族は解散状態で、弟も早くに結婚してみんな別々に暮らしていました」
これまで休憩中のわずかな時間を利用して、母や弟と電話をする篠原の姿を何度も見かけてきた。昔から家族仲が良かったものだと思い込んでいたものだから、篠原の告白は心底意外だった。
ある日、実家でたまたま母と話す機会があった。なんでも全自動麻雀卓を購入するのだという。
「ねぇ、麻雀って、楽しいの?」
2015年11月16日、麻雀愛好家の母に何気なく話しかけた日のことを、篠原は鮮明に覚えている。母は待っていましたとばかりに麻雀牌を用意し、いきなり「これはピンフ!」「これはタンヤオ!」と熱心に講義を始めたのだという。
「もともと麻雀一家なんですよ。弟もすごく麻雀をやるし、お父さんも私の出産に麻雀店に行ってて立ち会えなかったくらいで(笑)」
篠原が麻雀を始めたことがきっかけとなって、家族仲は急激に深まった。母からの提案で、家族麻雀用のLINEグループまで作成した。アイコンは、もちろん実家にある全自動麻雀卓だ。
「楽しくて始めた麻雀なんだから、楽しまないと! そう思って、最後は本当にリラックスして打てました」
伸び伸びと打った最後の半荘ではリーチ・ツモ・ピンフ・赤1・ドラ1・裏2の6100オールをアガるなどして快勝を飾ってみせた。ブロック順位5位にはわずかに届かなかったものの、今後の可能性を感じさせるには十分な結果だった。
篠原が初挑戦したシンデレラリーグは、ここで終わった。だが、ここで得た糧はあまりに大きかった。今期から、念願の日本プロ麻雀協会の女流リーグ出場も決まったという。勉強熱心で麻雀が大好きな彼女が、経験という武器を新たに携えた。彼女がリーグ戦でどんな戦いを見せるのか、今から楽しみで仕方がない。
打ち切りなんかじゃない。ドラマ「麻雀プロ・篠原冴美」の視聴者は、これからますます増えていくことだろう。ファンが、母が、弟が。そして――、父が彼女を見守っている。
文:新井等(スリアロ九号機)
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