シンデレラリーグ

予選第1節Bブロック2卓

その苦難は、明日のために――。強すぎる道化師、涼宮麻由。【予選第1節Bブロック2卓】

「今年も、いろんな意味でハラハラさせちゃうかもしれませんね。苦労したい。苦労して、勝ちたいです」

正直、発言の主が主なだけに、唐突な性癖暴露なのではないかと妙な勘繰りを入れてしまった。けれど続きを聞いて、ようやくその真意に合点がいった――。

「麻雀アブノーマル」涼宮麻由。初出場となった前回のシンデレラリーグで、ある意味で最も話題をさらったプレイヤーだと思う。毎回、大阪から足繁く参加している涼宮は、その土地柄か、あるいは天性の資質からなのか、登場するたびに視聴者や関係各位にその鮮烈な存在感をアピールしている。

涼宮のキャラクターを評そうとすると「破天荒」「自由奔放」「酒池肉林」「純真無垢ならぬ不純な煩悩」「怪しいピエロ」などなど、およそ新鋭女流雀士の祭典の出場者に対してとは思えないフレーズばかりがどうしても浮かんでしまう。仕方がない。……仕方がないのだ! 大人の事情を加味して直接的なワードを避けざるを得ないこの場において、涼宮の人物評を論じようということが、いかにハードルの高いことか! 自ら彼女をピックアップしておきながら、思わずキレそうになってしまう。それどころか1周回って、何故だか涼宮に試されているような気分にさえ陥ってしまう。そんな中毒的な魅力を秘めた選手なのだと思う。

破天荒であるが故に「麻雀アブノーマル」とうそぶく涼宮だが、その雀風はじつにノーマルそのもの。いや正確には、全てが高水準と言い換えた方が適切かもしれない。とにかく涼宮には、ミスと思えるような打牌が少ない。難しい局面でも経験と理を総動員して打っていることが感じられ、手組みや押し引きバランスなど、見ていて舌を巻くような打ち回しを随所で見せてくれる。実際、昨年度は準優勝という結果を残しており、結果でもアピールすることに成功してみせた。

とはいえ――



どんな選手であろうとも、そう簡単に事が運ばないのが麻雀だ。今大会に向けて期するものがあるのは涼宮だけではない。この予選第1節Bブロック2卓の出場者は、それぞれが昨年度にこの舞台で屈辱を味わった経験を持つ。遮二無二戦い続ける彼女たちの前に、涼宮は前半2戦を終えて▲54.8ポイントという苦しい展開を強いられていた。ブロック順位5位以内に食い込めばプレーオフ出場権は与えられるが、予選はまだ6半荘残されている。まだまだ上位への可能性を見据えたい局面だ。

そうは言っても、戦う手が巡ってこなければやり繰りのしようもない。ここまで後手に回る展開が多かった涼宮だが、はたして――

3回戦東3局、田渕からドラ2のチートイリーチがわずか4巡で入る。場に1枚切れのという絶好この上ない待ちだったが――

押し返した涼宮がリーチ・イーペーコー・赤1を山田から出アガることに成功。場況まずまずのカンリーチが、ダメ押しの後スジになった格好だ。

さらに東4局、タンヤオ・ドラ・赤2の満貫を山田から出アガることに成功し、涼宮はようやく大きなリードを得ることができた。残るは南場のみ。ここをしのげばトップを手中に収め、トータルポイントも原点付近へと戻せる。もちろん他家3者も黙ってはいないが、この点棒状況は理と経験則を総動員した涼宮の雀風の得意とする局面でもあった。

南2局2本場、ここでは親の田渕が涼宮に立ちはだかった。ポンから発進した2シャンテン。現状の打点は2900だが、引きやタンヤオ変化で打点上昇の可能性も見える仕掛けだ。

この仕掛けを敏感に察知して、涼宮も動く! 門前ならば高打点が見込めそうな2シャンテンだったが、でチー。田渕を速度で上回るため、どこからでも仕掛けられる1シャンテンに取った。

さらにもう一度をチーしての並びシャンポンでテンパイを入れた。待ちは決して良くはないが、局消化できるメリットが大きいこの状況ならば、テンパイに取る価値は十分にある。

この判断が功を奏し、残り1枚のアガリ牌をあっさりとツモ。700-1200の加点で、さらにトップ奪取へと近づいた。

が、まだ難所は残っていた。南3局、今度は山田がその行く手を阻んだ。ポン、リャンメンチーと仕掛け、赤1の先制テンパイを入れた。

さらに篠原にもテンパイが! タンピン三色確定、ドラ1を含んでいる上に高めなら跳満のヤミテン。しかも現状最も目立っている親の山田の現張りだ。そんな鉄火場だが――

涼宮が会心の300-500ツモを決めた!

この局面もまた、じつに味わい深い。前巡に山田の2スジとなるを押して、役なしのテンパイを入れているのである。リスクを承知で前に出た結果――

涼宮はひとまずの目標である1トップ目を奪取することに成功したのだった。借金をほぼ返済し、あとはさらなる加点を目指して上位陣に食い込みたいところ。そして迎えた最終戦――

起家の涼宮には極上の配牌が巡ってきた。

――

と余剰牌で抱えていた篠原から鳴くことに成功し――

電光石火の12000を炸裂させた! あまりに幸先の良いスタートだが――

浮き牌を切っていただけで親満放銃を喫した篠原としては、たまったものではない。次局、8巡目にドラ2のチートイツをテンパイし、直前に切れたばかりの待ちを選択。そのだが――

涼宮が抱えていた! 直前に切れたばかりのということは、シャンポンに刺さる可能性は限りなく低い。下手に粘れば放銃の可能性もあり得る。攻めっ気の強い人であれば、十分に打牌候補に含まれそうなだ。

篠原の1発目は、皮肉にも宣言牌の。たしかに見た目枚数はの方が多いが、アガリ率はに比べてだいぶ少なそう。実際、涼宮から満貫以上を直取りできるかもしれないのだ。だが――

涼宮はを打たない。

徹頭徹尾、打たない! 篠原はと手出しをし、後はツモ切りし続けての切りリーチだ。道中に親の現物である2枚切れのを持ってきていながらを引っ張っていることから、を重ねたかったのではないかと推測できる。アンコからを切って雀頭としているケースもあるが、早々に2枚見えたことでその可能性も下がっている。配牌から非常に整ったピンズのホンイツやトイトイのケースもあるためチートイツと断定できるわけではないが、いずれにせよは危険牌。いくら親番とはいえ、涼宮がこのバラバラの手格好でをリリースするわけもなかったのである。

結果は篠原がをツモって3100-6100の和了。前局のアガリの半分を親被ってしまった涼宮だが、少なくとも「直前にが切られていたから」「親番だったから」と前のめりになっていた打ち手よりは、失点を軽減できていたことは間違いないだろう。

開局の大量リードが半減してしまった今、涼宮としては再び加点をして安全圏にたどりつきたいところ。東3局にはタンヤオ・赤2の絶好の手をもらい、ネックのカンをチーして1シャンテンに。456の三色で満貫も見える手格好だ。

2巡後、三色は崩れたもののテンパイ一番乗りを果たしてみせた。山には十分残っている待ちだったが、これがなかなかアガリに結びつかなかった。というのも――

3段目にさしかかったところで、親の山田がリーチで応戦! さらに――

篠原も待ちの3メンチャンでテンパイ。ここは見た目枚数が少ないこともあって、ヤミテンをチョイス。涼宮に対して包囲網が敷かれ始める。

だが次局、篠原が涼宮の当たり牌であるをつかんでしまう。ようやく決着か。そう思われたが――

篠原はを切ってを止めきった! 苦しい展開が続いてトータルポイントで大きくマイナスしている篠原だが、ここで光る胆力を見せた。

さらにドラ2・赤1のシャンテンの田渕のもとへ、がやってきた。前巡に山田の無スジであるを押している。ならば、今度こそ涼宮のアガリか――

が、打たず! 涼宮と山田、2人の無スジを押すのは割に合わないとみたか。遠い仕掛けを駆使する「お散歩キャラ」の印象が強い田渕だが、この日は随所で守備力の高さを見せつけていた。

そして篠原も、見事にを使い切って迂回に成功。胆力が実るかとも思われたが――

あとわずかで流局というところで、山田がをつかんだ。

結果だけ見れば涼宮が3900+供託1000を手に入れた一局だが、この後も一筋縄には事が運ばないのではないかとも思わせるようなシーンだった。

そんな予想通り、最終戦にもまだひと波乱が残されていた。南2局、山田がダブと仕掛け、マックス跳満の1シャンテンに。

さらに親番の田渕にも好機到来。をポンして、現状ドラ2・赤1の1シャンテン。トイトイになれば跳満確定だ。そして田渕がをリリースしたことで、山田にテンパイが入る。山田は――

ここで罠を張った! ドラを切り飛ばし、わざわざ打点を下げて単騎に構えたのである。たしかにが4枚見えではあるが、だからといってわざわざドラ表示牌の単騎を選択するとは誰も思うまい。ペン単騎に比べて打点が下がりはするものの、山田は最も盲点になりやすい待ちをチョイスした。そして――

このに田渕が飛びつく! これで田渕も跳満テンパイを入れた。これをアガり切った方は、間違いなく涼宮への挑戦権を手にすることになるはずだ。

さらに山田は場に1枚切れの単騎へと待ち変え。このは、さすがの田渕も止められないだろう。だが、は山に残っていなかった。その所在は――

篠原が抱えていた! 篠原にとって、山田と田渕のアガリはなんとしてでも阻止したい局面だ。目に見えて打点が高い彼女たちにアガリを許せば、最終戦のトップ奪取が遠のいてしまう。親番が残されているとはいえ、アガリ連荘ではそう何度もチャンスは巡ってこない。生牌のは打たず、をトイツ落とししての迂回を試みたが――

山田の策はこうして結実し、34500点持ちの同点で涼宮への挑戦権を得たのである。

「今年も、いろんな意味でハラハラさせちゃうかもしれませんね。苦労したい。苦労して、勝ちたいです」

正直、発言の主が涼宮なだけに、唐突な性癖暴露なのではないかと妙な勘繰りを入れてしまった。けれど続きを聞いて、ようやくその真意に合点がいった。

「予選1位で決勝に進めなかったとしても、プレーオフから勝ち上がった方がいっぱい放送に映れるじゃないですか。足代がかかる? でも、それよりも反響の方がうれしいので(笑)」

出場選手の中でも、涼宮のハングリー精神は随一だと思う。プロ歴が10年を数えながら新鋭女流雀士の祭典に名を連ねているのは、それだけ彼女にスポットが当たる機会が少なかったということでもある。公式戦、放送対局の数は、関東と比べて関西圏は半分にも満たない。それでも彼女は地方勢の星として輝こうとまい進して、大阪から都度遠征を繰り返し、道化を気取りトークでも対局でも爪跡を残していくのである。

貪欲であるが故に、苦難を求める。いや、それだけではないのだろう。彼女は知っているに違いない。麻雀というゲームは、何が起こるかわからない。だから、予想もしない苦難に襲われる。昨年の決勝戦も、まさしくそれだった。けれど、どれだけ辛かろうと、苦しかろうと、最後に信じられるのは己が積み上げてきた研鑽なのだと。そして――

その研鑽が、苦難を乗り越えさせてくれると! 南3局5巡目、イーペーコーが確定した涼宮は、ここから切りをチョイス。を切れば1シャンテンだが、を切れば引き、を切れば引きのダイレクトテンパイを逃す形。は、いずれも1枚も見えていないため差はないように感じるかもしれないが――

この引きの形の良さを考えれば、切りの方がメリットが大きい。切りからを持ってきたパターンと比較すれば、その差は歴然だろう。唯一のデメリットは――

涼宮の指でわかりにくいかもしれないが、この引きでフリテンになってしまうパターンだけである。とはいえ、正着打の結果である。フリテンであっても、なんとしてでも加点したい局面だ。ここはリーチの一択かと思われたが――

涼宮はノータイムでを切ってテンパイ外しを選択! たしかにこうすればピンズで1メンツ1雀頭を容易に作りあげられそうだ。よしんば先にを引いても、役が確定しているため単騎から再構成することが可能だ。正確無比な判断を選び続ける涼宮だが、恐るべきはその判断スピードだ。

を引いたらを切ろうと、ずっと決めていました。巡目もまだ早かったので、フリテンにする選択はほぼなかったです」


狙い通り、を入れて絶好のリーチをかけた涼宮。それは――

紛れもなく彼女がその腕でつかんだ決定打だった。

決して楽な道のりではなかったが、こうして涼宮はこの日の卓内トップに輝いた。きっとこの後に控える対局でも、涼宮を様々な苦難が襲うのだろう。けれど、その度に道化師は笑顔で難局を乗り切るに違いない。そう確信めいた思いを抱くのは、きっと僕だけではないはずだ。

文:新井等(スリアロ九号機)
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