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中月
戦前、24名いるシンデレラ候補のうち、誰を優勝候補に挙げるかと問われれば、僕は真っ先に中月裕子と答えたと思う。それだけの実力・実績を備えた選手だった。

第7回μレディースオープン優勝を皮切りに、日本プロ麻雀協会の第16期新人王、第19期女流名人位、夕刊フジ杯2018麻雀女王団体戦優勝など、わずか5年のプロキャリアで数々のタイトルを総なめにした。もちろん、獲得タイトル数は出場選手の中でも抜きん出ている。ここぞという局面で思い切りの良い押しっぷりを見せる彼女は、タイトルをかけた短期戦での「勝ちきる力」に長けた選手のように思われた。優勝するまで20~24半荘の打数しかない「麻雀ウォッチ シンデレラリーグ」においても、そのスタイルは大きな強みだろう。そんな予想を立てていたのだが、運命のダイスは彼女にとって不幸な目ばかりを出し続けた。

対局開始前
中月が戦ったCブロックは、なんと8名中6名がプラスポイントという状況で、予選最後の対局を迎えた。なぜ、このような異常事態となったのか? 簡単な話だ。日當ひな、そして中月が極端なほど不幸な抽選を引き続けたからだ。もちろん、麻雀は運だけのゲームではない。技術は勝敗を分ける大きな鍵だ。だが、いくら優れたスキルの持ち主であっても、それが結果と直結するとは限らないのも、また麻雀なのである。

対局者
予選最後の戦いで中月が同卓したのは、5位の田渕百恵、2位の与那城葵、1位の山本ひかるの3名。中月はこの3名を相手取って勝ち頭となり、現在6位の月城和香菜より上のポイントになって初めてプレーオフ進出が可能となる。月城との198.1ポイント差を覆すには、およそ40000点のトップを4回取ればいい。

「4連勝をすることしか考えていませんでした。逆に気負いもなく開き直っていられました」

厳しい条件には違いない。けれど、中月裕子を知る者ならば、口をそろえてこう語るはずだ。「あるいは彼女であれば、その難関をも突破できるかもしれない」と――。

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1回戦東2局、z1をポンして軽快に発進した中月だが――

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親の田渕から高め三色の力強いリーチが入る。

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中月は宣言牌のp1をチーし、ドラを1枚確保。さらに無筋のp8を押した。p5rを切ればp6 p9の受けが残るが、p9が2枚切られていることも判断材料となったのだろう。

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そしてs6を引き、s4も押してテンパイを果たす。そして――

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まさに「もぎ取る」といった様相の1000-2000のアガリ。勝負所での突破力は、出場選手の中でも随一だ。だが――

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東4局2本場に山本が4000は4200オール、

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続く東4局3本場には与那城がフリテンの三門張をツモり上げて2300-4300の加点をし――

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南1局には田渕がわずか5巡で2000-4000のアガリを成就させた。大きく抜け出た選手こそいないものの、中月の点棒がじわじわと削られていく。

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南3局1本場、中月の親番。田渕の元へ悩ましい手が入った。ピンズをほぐすか、m2m8に手をかけるか――

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田渕はm8を選択。シャンテン数は落ちるがマンズを1ブロックとし、他に変化を求める狙いだ。

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今度はs4引き。田渕は再び思考の海に潜る。p3p6を切るのが手広い受けだが、9枚中7枚がそろっている456の三色には、ほぼならなそうだ。次いで受け入れの多いs4も同様の理由で切りにくい。ならば多少のロスを覚悟して、m2s5あたりを切るのはありだろうか? 数多い選択肢の中で、田渕は――

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p2を選び抜いた。p1 p4受けのロスはあるものの、タンヤオを確定させ、三色の目も残した最も強気な判断だ。

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こうして田渕はヤミテンで高め跳満の大物手を仕上げてみせた。

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そんななか、z5がアンコの与那城がリーチをかける。それは――

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田渕が追いかけリーチをするには十分な理由だった。

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そしてここに、親番を落とせない者が一人。繰り返しになるが、中月の条件は4連勝ではない。40000点トップを4回、である。跳満・倍満まで見えるこの1シャンテンで――

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撤退できる理由などなかった。

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裏ドラを見るまでもなく、田渕の16000点のアガリ。中月にとって、それは致命傷とも言える失点だった。

1回戦終了時
「まずいなー、やったなーと思ったけど、自分の中でトップを目指すために精一杯やった結果だからしょうがないなという感じでした。あと3回、70000点くらいのトップを取れればいけるなーって思っていました」

窮地にあっても、中月は自分がやるべきことを見失わないでいた。この言葉を虚勢と受け取る人もいるのかもしれない。だが、やはり彼女を知る人は、こう思ってしまうのである。「中月裕子は本当にそう思っていて、それを実行に移せる力がある人だ」と。

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中月の反撃が始まったのは、2回戦東2局3本場からだった。山本がペンm7待ちリーチをかけたのだが――

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この時、親の与那城はダブz1ポンに始まり、3副露しているテンパイ濃厚の手格好だ。準決勝進出を争っている与那城のアガリを潰すために、強気の勝負に出た。

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与那城はドラのz6で単騎待ちをしている。手牌4枚で山本からリーチを受けるのは、なんともやりにくい。

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この鉄火場に、中月が猛然と突っ込んだ。リーチ・赤2のカンm6待ち。彼女としても、打点十分であるならば、どんな待ちであろうと勝負をかけるしかない。

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そんな局面で、与那城が山本の当たり牌であるm7をつかんでしまう。現状、安牌は中月の宣言牌であるp6のみ。テンパイを維持するならm7z6を切るしかない。2軒リーチに生牌のドラを切れるのか? それは無理だろう。ならば与那城は放銃するしかないと思われたのだが――

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彼女はp6を河に置いた。完全安牌はp6のみだが、すでにp7が4枚見えていることから、どちらもp4 p7待ちでリーチをかけていることはあまりなさそうだ。またp5rが見えていることから、カンp4待ちが選ばれているケースも通常よりはだいぶ下がる。2軒リーチならば安牌も増えやすく、回りきれる可能性は十分にあると判断しての撤退だった。与那城のファインプレーによって、決着が長引く。その結果――

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中月の2300-4300が成就した。

親番をたぐり寄せた東3局、中月がようやく本領を発揮し始めた。

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まずは山本からメンピン・赤・ドラの12000点をアガり――

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続く1本場でもタンピン・ドラ2のヤミテン満貫を山本からアガってみせた。リーチをかけた与那城がm5を切っており、中月も強い牌を切っていない。うまく闇夜に紛れこんだ会心のアガリだ。

2回戦終了時
このリードを守り抜き、中月が待望のトップを手に入れた。だが、素点は50200点。最低目標まで、およそ20000点足りなかった。

「10万点のトップを取ろうとしていたので、正直に言うと物足りない感じでした。あと2回のトップ条件が、さらに厳しくなってしまったので」

トップを取ってなお、条件が改善するどころか悪化してしまうという苦難の連続。それでも中月は、残り2回の戦いに挑むのだった――。

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山本と与那城が一歩リードしたなかで迎えた南2局、中月はカンツのs4を1巡目にカン! ドラを増やして高打点のルートを無理にでも作らなければ、条件クリアなど叶うはずもない。

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新ドラのm8は中月の手牌に1枚ある。

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中盤、m5をポンしてカンm7待ちのテンパイをしている田渕の元へ、ドラのz5がやってきた。これをツモ切ると――

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山本がポン! 打m3とし、z5・ドラ3・赤1のp3 p6待ちテンパイが入った。

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中月もカンs6をチーして――

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m6もチー。z2バックの5200点の仕掛けはリスキーだが、中打点以上ならば退くに退けない局面なのだ。

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ここで山本のs9がアンコになり、待ち変えの余地が生まれる。現状でも親の満貫が確定して打点十分ではあるが、p4p5rの単騎待ちにすればトイトイと三暗刻がついて倍満確定となる。p5が2枚切られていること、p4が筋にかかっていることも考えると、p4待ちにする価値も十分にありそうではある。手出しp5rからのp4待ちは、他家にとってかなり盲点にもなりそうだ。逡巡する山本だが――

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s9のツモ切りを選択した。ライバルの与那城はすでに親番がなく、満貫でも十分すぎるアドバンテージを得られる。p4待ちも魅力的ではあるが――

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ツモベースならば、やはりリャンメン待ちだ! なんとハイテイまでつき、6000オールのアガリをものにした。これが決定打となり、中月は3回戦をラスで終えることとなった。3回戦の対局を終えた後、普段より大きく息を吐いた彼女が印象的だった。

3回戦終了時
「目はほとんどなくなってしまったけれど、最終戦は普通に打とうと思っていました。麻雀は4人でやるゲームなので、自分の勝ち目がなくても参加しなければいけない。自分が変に意識して固く打ってても誰かに影響を与えているわけだから。それならば条件とも言えない条件かもしれないけど、自分の勝ちを追い求めてできるだけのことをやってみようと思いました」

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200000点以上のトップを取るということが、果たして条件と呼べるのか? だが、可能性はゼロではない。中月は、その蜃気楼のような目的地を見据え続けた。

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歩まねばならない。麻雀に投了はないのだ。現状の最善手を選び続け――

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それが空を切ろうと、戦いは終わらない。

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中月は最後までファイティングポーズを取り続け――

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そして、散った――
4回戦終了時
全対局結果
「(エンディングで)多井(隆晴)さんが言っていたように、負けから学ぶことは多いと思っています。だから今回のシンデレラリーグで自分の弱いところ、ダメなところを見直して発見して、その対策をして成長していきたいと思います」

出場選手中、随一の実績を誇っている中月でも、この舞踏会で花開くことはできなかった。今回は結果が振るわなかった。だが、自問自答の果てに、中月はさらに強くなって帰って来るのだろう。そう思ってしまうのは、僕だけだろうか? そんなことはないと思う。これまでの中月の軌跡を追ってきた者ならば、やはり彼女の再起を確信しているはずだ。

山の頂きを知る者は、また別の頂きへも至れる。頂きへの道は、そもそも険しいものだ。今回味わった苦難もまた、次の頂きへの道程なのだろう。

文:新井等(スリアロ九号機)

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